私ことはじめ鍼灸整骨院の院長平山はじめには、一生かけても追求したいやりたいこと、すなわちビジョンがあります。
それは『しなやかで快適な体軸を七世代先へ』へ伝え残すこと。
子や孫、さらに先の世代が、生命に感謝し、笑顔あふれる人生を送れるそんな社会や環境、宇宙を創るために。
そして、新しい世代に胸を張って未来を手渡すために。
技術革新と東洋医学
AIを代表例としなくても、今日の技術革新の進化・深化は日々加速度的に速くなっています。
診療分野で考えてもCTやMRIなどの画像診断技術とAIとの組み合わせをはじめ、医療システムが革命的に変わりつつあるとも言われます。
元々、理系寄りの私は機会があれば非常に関心を持って最先端の技術に触れています。
そのうちの一つが公式LINEであり、院経営の大切なツールとしてできるだけ自動化のシステム構築を進めるために導入したところ、デジタル技術の進歩や効果、そして恩恵を日々実感することになりました。
しかし、そんな私の今の専門分野は、鍼灸であり、東洋医学です。
四診とも呼ばれる望診(資格)、聞診(聴覚、嗅覚)、問診(味覚)、切診(触覚)というそれぞれの感覚に非常に重きを置く技術です。
「技術革新はどこに行った?」とお叱りを受けそうですが、今の私は自分の身体の感覚や意識を研ぎ澄ますことを第一義に患者様に向き合っています。
そのきっかけには武術との出会いがあります。
先端技術と身体に向き合うこと
武術の稽古を始めた当初、私は筋トレやストレッチをガンガンやって、解剖生理学や運動学を学べば武術の動きが習得できると考えていました。
しかし勘が悪いのかセンスがないのか、いくらやっても何年やっても師範の真似事すらできません。
そしてあるとき気づきます。
「どれほど筋トレやってもどれほど学んでも、このままでは一生師範の足元にも近寄れない」
アプローチの選択がそもそも間違っていたことに気付けたんです。
思えばこれが転機でした。
そして当時二十代の私が選んだのは、筋トレをやめることでした。
筋トレをやめたからこそ観える本質
筋トレをやめてどうしたかと言えば、自分の重心バランスを磨きながら師範の体の位置や角度ではなく、師範が何を感じ、どのような感覚で身体を動かして技を行っているのか自分の身体でトレースするトレーニングを始めました。
すると、見るもの感じる(観じる)ものの焦点を根底から変えることになり発想の転換が起き始めました。
気づきとともに動きの質が変わり、技が変わる瞬間を幾度も経験しました。
そして、自分の身体に向き合い、筋肉の緊張状態や重心バランスを把握し、身体をより一層リラックスさせることができるようになることの恩恵は、武術だけに留まるものではない。
そう確信できました。
体軸=センターは身体の重心バランスを突き詰めたときに感じられる感覚であり、無意識下でも使えるよう意識化できることが理想です。
身体に向き合い、感性を磨く意味
体軸=センターが通って重心バランスが整い、メリハリのある体や筋肉のコントロールを身につけることができれば、これまでの筋肉にあった不要な緊張がリラックスします。
こりが少なくなり、血流も良くなりますし、動きも軽快になります。
そうすると筋力や柔軟性だけでは習得が難しい身体コントロールに気づけるようになります。
これまでの自分には突破できなかったレベルを突き抜け、専門分野の新しいパフォーマンスを手に入れることも不可能ではありません。
重心バランスに加えて、知情意の身体的基盤が整うと、今度はビジネスや精神活動にも良い影響を及ぼします。
とは言え、当時の私の専門分野は獣医学であり西洋医学です。
このまま自分は獣医師として薬や手術に軸足を置き続けるのか?
それとも別の道を探すのか?
自問自答を続けました。
姿勢がキレイに見えるのに痛む理由
健康とか医学をこのような身体の方向で考えるなら、それは東洋医学や鍼灸の知識・技術を身につけることで、より自分の方向性を伸ばすことができるのではないか?
薬や手術、先端技術はいくらでも立派な先生がいます。
しかし、こういうマニアックな方向で身心や動きを語ることのできる医学の専門家がいても良いのでないか。
これが、私が身体=自分と向き合う稽古、鍼灸や東洋医学を大切にするようになった経緯です。
そんな私の目には、重心バランス≒姿勢が悪い人が非常に多く映ります。
技術革新が加速度的に速まってからは身体に向き合う方が急速に減少する傾向にあるのでしょう。バランスが悪い方がどんどん増えているように感じます。
一見、姿勢が良さそうなモデルさん等にも「腰が痛そう」と思われる身体コントロールをされている方も大勢見受けられます。
姿勢が良いのに腰が痛い。
これは一体、どのような意味なのでしょうか?
外見・筋力だけを重視してしまうと……
重心バランスではなく、外見重視で姿勢をつくっている方がいらっしゃるんですね。
筋肉を緊張させて姿勢を整えている。
体を固めて筋力で姿勢や外観を整えてしまうと、ずっと筋肉が緊張し続けますから首肩背中も腰も手足もこってきます。
疲れやすくもなります。
もちろんモデルさんだけではありません。
多くの方が重心バランスに無頓着ですから、知らず知らず無自覚に身体中に緊張を溜め込んでいるのです。
すると、こういうことが起こり始めます。
検査で見つからない不調は年のせい?
既にこりや疲れは溜まっていますし、たまにメンテナンスをされるにしてもそ他の時間は常に体の緊張を強いられています。
段々こりや疲れがコントロールできなくなって、痛みや不調となって現れ始めます。
体調を崩す一因にもなってしまうんです。
検査しても見つからない、積極的に薬とか手術を選ぶほどではない体調不良でお悩みの方はいくらでもいます。
そんなとき、体の緊張や重心バランス、身体コントロールを指摘してあげることでお悩みが軽くなる方をこれまで数多く見てきました。
しかもこのような筋肉や体の緊張は健康や身体運動への影響だけが問題なのではありません。
自分のことが分からない本質的な理由
身体性が低下すると、ココロや感情も劣化するんです。
あなたにも覚えがあるかも知れません。
疲れが溜まれば笑顔が出なくなったり、ココロの奥底から楽しめなくなったりします。
肩の力が抜けなければ、呼吸も浅くなり、舞台の本番で思うように実力が発揮できなくなったりします。
視野が狭くなり、柔軟な考え方ができなくなったりもします。
身体が硬くなれば、ココロも硬くなってしまうんです。
もちろんご自分に向き合うことも難しくなります。
結果として、マインドブロックの解消が難しかったり、ご自分のやりたいこと・ミッションを見つけられないなんていう方は、まず身体から取り組むことが有効な場合もあるんですね。
もちろん私たちの状態は、周囲にも影響を及ぼします。
私が本当に避けたいこと
パートナーや子ども、ご家族、ご友人、会社のスタッフなど周囲の人たち。
ここから広げて考えれば、私たちの身心の状態は、社会や環境にも影響することになります。
範囲をさらに広げて極論を言えば、宇宙にも関わってきます。
もし体や筋肉が緊張して、凝り固まって溜まり切った疲れを、私たちがそのまま放置していたらどうなるでしょうか?
もし身もココロも硬いまま何の対策もせずに放置したら、私たちの子や孫の世代はどうなってしまうのでしょうか?
私には、今の衰えた身体性がさらに劣化し、笑顔も明るさも少ない未来しか想像できません。
そんな息苦しさを持った未来を、誇りを持って胸を張って子や孫に手渡すことができますか?
正直に言って、私は本当に心からイヤです。回避したいです。
この悪循環から逃れるためには、どうしたらいいでしょうか?
ちょっと本を読んだりセミナーを受けたりするだけで、身体やマインドが変われる方はまだ救いがあります。
でも「自分は器用なほうではないな」そんな方は身体からのアプローチを考えてみることも一つの手です。
誇りを持って未来を手渡すはじめの一歩
筋肉のこりや緊張がリラックスしてくると、重心バランスが整いやすくなります。動きの質も変わります。
血流も良くなり、こりや疲れも、痛みや不調も軽くなりやすくなります。
体がほぐれると気持ちもほぐれて、明るい気分になり、笑顔が出やすくなります。
軸が通って肚が座り、温かい胸ができて、熱することのない頭ができれば、知情意が揃います。感情は豊かなのにブレにくく、しかも物事を俯瞰しながら判断できるようになるんです。
ココロが変われば、周りとのコミュニケーションも変わります。
自分自身にも向き合いやすくなります。健康管理もしやすくなりますし、強みやビジョンも見つけやすくなります。
あなたの経営も、スポーツなどの専門分野のパフォーマンスも変わります。
どこまでも身体に向き合うことで、このような変化が起こりうるんですね。
そのためのはじめの一歩は簡単です。
あなたが自分の身心に目を向け始めてくれる、それだけでいいんです。
全てはそこが出発点。
私の活動は鍼灸や東洋医学も、ペットの鍼灸も、そしてビジョンデザイナーとしての活動も大きく捉えれば全てがそこに戻ってきます。
しなやかで快適な体軸を七世代先へ
あなたはもちろん、子や孫、さらに先の世代が、生命に感謝し、笑顔あふれる人生を送れるそんな社会や環境、宇宙を創るために。
そして、新しい世代に胸を張って未来を手渡すために。
『しなやかで快適な体軸を七世代先へ』へ伝え残すこと。
これが、私の一生かけても追求したいやりたいこと、すなわちビジョンなのです。
何より、身体が変わることで、動きや自分のあり方が変わることはとっても面白く、興味が尽きない現象です。
少なくとも私にとっては35年間毎日考え続けても関心が途切れることはありませんでした。
この楽しさを面白さをあなたにも味わっていただき、少しでも共感していただけたら。
そんな想いで今日もまた歩いていきます。